スモールM&Aとは、小規模な企業や個人事業主が会社や事業を譲渡するM&A(Mergers and Acquisitions)の一形態です。
M&Aには、合併や事業譲渡、株式譲渡など様々な手法が存在しますが、本記事では一般的に多い、株式譲渡に焦点を当てて解説します。
特に一人会社(オーナー社長が一人で経営する会社)では、後継者問題や事業の整理のためにM&A(株式譲渡)が選択肢となるケースが増えています。
一人会社を譲渡するメリット
1. 事業の継続が可能
事業を廃業する場合、取引先との関係解消や従業員の解雇が必要ですが、譲渡すれば取引や雇用を維持できます。
2. 廃業コストを削減
会社を清算するには登記の抹消、債務整理、従業員の退職金支払いなど多くの費用がかかりますが、譲渡すればコストを抑えられます。
3. 売却益が得られる
事業の価値が認められれば、買い手から売却代金を受け取ることができます。特に利益が出ている会社や、安定した顧客基盤を持つ会社は高く売れる可能性があります。
M&A(株式譲渡)の大まかな進め方
1. 買い手の選定
知人や取引先、またはM&Aマッチングサイトを活用して、事業を引き継いでくれる相手を探します。
2. 会社の価値を整理する
・直近の財務状況(売上、利益、負債)
・事業の強み(顧客リスト、商品、サービス)
・契約関係(取引先、リース契約、従業員)
などを整理し、買い手にとっての魅力を明確にします。
3. 譲渡価格の決定
一般的に、純資産+営業利益の数年分を基準に価格を決定します。業種によっては、契約の継続性やブランド価値も加味されます。
4. 契約の締結
秘密保持契約(NDA)を交わし、基本合意を経て最終契約を締結します。譲渡条件や負債の取り扱いなどを明確にすることが重要です。
5. 引き継ぎと登記手続き
・株式譲渡契約を締結し、株主名簿を変更
・役員変更登記を行い、新経営者を正式に登記
・銀行口座や取引先契約の名義変更
買い手を見つけるのは困難?
一人会社のM&Aは、大企業同士のM&Aと比べると流動性が低く、買い手を見つけるのが難しいケースもあります。特に、以下のような条件だと売却に時間がかかることがあります。
- 社長のスキルに依存している(社長がいなくなると事業が成り立たない)
- 売上が不安定、または赤字が続いている
- 負債が多い(買い手がリスクを嫌う)
- 属人的な取引先が多い(社長の信用で成り立っている)
しかし、条件次第では買い手が見つかりやすく、スムーズなM&Aが可能です。
どんな会社だと売りやすい?
一人会社のM&Aで売却しやすいのは、以下のような会社です。
安定した収益がある会社
たとえ小規模でも、毎月一定の売上・利益がある会社は買い手が付きやすいです。特にサブスクリプション型のビジネスや、リピーターの多い事業は魅力的です。
特定のスキルや資格が不要な会社
オーナーに専門的なスキルが必要なビジネス(例えば、社長が職人として活躍している工務店など)は、引き継ぎが難しくなります。一方で、仕組み化されていて誰でも運営できるビジネスは売りやすいです。
既存の取引先や契約が継続しやすい会社
例えば、長期契約がある会社や、特定の大手企業との取引実績がある会社は、買い手にとって安心材料になります。
オンラインで運営できる会社
最近は、ECサイトやWebサービスなど、物理的な拠点を持たない会社が人気です。オフィスや設備の維持が不要なため、買い手もリスクを取りやすいです。
小規模ながら成長の可能性がある会社
例えば、「SNSのフォロワーが多い」「特定の市場で強みを持つ」「競争が少ないニッチな事業」など、今後伸びる可能性がある会社は、投資目的で買われることもあります。
買い手を見つけるためにできること
- 知人や取引先に相談:意外と身近な人が興味を持つこともあります。
- M&Aマッチングサイトを活用:スモールM&A向けのプラットフォーム(トランビ、バトンズなど)に登録する。
- 事業の整理・改善を行う:売却前に、財務や契約状況を整理し、引き継ぎやすい形にする。
- 専門家に相談:M&Aアドバイザーや税理士に相談し、適正価格や売却方法をアドバイスしてもらう。
買い手を見つけるのは簡単ではありませんが、売りやすい会社の条件を満たせば、スムーズに進む可能性が高くなります。
特に「安定収益」「スキル不要」「契約の継続性」が重要なポイントです。売却を考えているなら、事前に準備をして、魅力的な会社にしておくことが大切です。
解散するか譲渡するかの判断ポイント
一人会社を続けるか、解散するか、または譲渡するかを決める際には、以下のポイントを考慮すると判断しやすくなります。
1. 会社の財務状況
黒字であれば譲渡を検討
- 事業が黒字なら、買い手が見つかる可能性が高い。
- 適正価格で売却できれば、廃業よりもメリットがある。
- 多少の負債があっても、安定した収益があれば引き継ぎ先が見つかることも。
赤字・債務超過なら解散が選択肢に
- 収益改善の見込みがなく、売却しても負債が残る場合は、解散して整理するのが現実的。
- ただし、固定客や契約がある場合は事業譲渡(負債を除いて売却)も検討できる。
2. 事業の将来性
成長の見込みがあるなら譲渡
- 安定した収益があり、今後も市場が伸びる分野なら、買い手がつきやすい。
- 小規模でもブランド力や独自のノウハウがある場合は、他社にとって魅力的な資産になる。
市場が縮小しているなら解散も検討
- 業界全体が衰退している場合は、事業の存続自体が難しくなる。
- 買い手が見つかりにくく、早めに清算したほうが負担を減らせる可能性がある。
3. 代表者の状況(継続の意思)
事業を続ける気力がないなら譲渡
- 経営のモチベーションがなくなった場合、無理に続けるより売却を考える。
- 健康面や家庭の事情などで経営継続が難しい場合は、早めに譲渡を検討。
事業が社長のスキルに依存している場合は解散も視野に
- 代表者が専門職(職人、デザイナーなど)で、会社の価値=社長のスキルの場合、譲渡が難しい。
- ただし、仕組み化して第三者が運営できる形なら売却の可能性はある。
4. 解散と譲渡のコスト比較
解散にかかる費用が高いなら譲渡が有利
- 会社を清算するには登記抹消、負債整理、未払い税金の精算などで数十万円以上のコストがかかる。
- 廃業より譲渡したほうが、経営資産を活かせる上に、売却益を得られる可能性がある。
負債が大きく、買い手が見つからないなら解散
- 借金が多すぎると、譲渡しても買い手がリスクを引き継ぐため、成約が難しい。
- この場合は、債務整理を行い、会社を清算したほうがスムーズに処理できる。
5. 取引先・従業員への影響
取引先や従業員がいる場合は譲渡が望ましい
- 取引先との契約を引き継ぐことで、顧客や仕入先に迷惑をかけずに済む。
- 従業員がいる場合、譲渡すれば雇用を維持できるため、社会的信用を守ることができる。
取引先がほぼなく、社長一人で運営しているなら解散も選択肢に
- 個人事業に近い形態なら、会社を清算して事業を個人で続けることも可能。
- フリーランスとして活動する方が収益的に有利な場合もある。
判断のまとめ
判断基準 | 譲渡を検討すべき場合 | 解散を検討すべき場合 |
---|---|---|
財務状況 | 黒字で安定している | 赤字・債務超過が深刻 |
事業の将来性 | 市場の成長が見込める | 市場が縮小し続けている |
代表者の意思 | 継続したくないが事業は存続可能 | 代表のスキルが不可欠 |
解散・譲渡コスト | 廃業コストが高い、売却益が期待できる | 債務が多く、売却が難しい |
取引先・従業員 | 継続すればメリットがある | 取引先なし、社長一人で運営 |
- 会社が黒字で安定しているなら、まずは譲渡を検討する。
- 負債が大きい、もしくは売却が難しいなら、解散の方向で手続きを進める。
- 社長のモチベーションがなくなった場合、すぐに解散ではなく、事業を整理した上で売却できるか考える。
早めに判断し、専門家(税理士・M&Aアドバイザー・司法書士)への相談も検討することで、最適な選択ができるようになります。
株式譲渡を行う際の具体的な手順
株式譲渡では、会社のオーナー(株主)が保有する株式を第三者に売却し、経営権を移転する手続きです。
一人会社の場合、社長=株主であることが多いため、株式譲渡によって会社のオーナーが交代することになります。
① 買い手の選定と交渉
- M&Aマッチングサイト、知人・取引先、専門家(M&A仲介会社)を通じて買い手を探す。
- 会社の財務状況・事業内容を整理し、譲渡条件を決める。
- 買い手と条件交渉を行う(価格、支払い方法、引き継ぎ期間など)。
② 基本合意書の締結(任意)
- 売り手・買い手の間で大まかな合意を文書にする。
- 主要な取引条件を整理し、基本的な枠組みを決める。
- まだ法的拘束力はないが、トラブルを防ぐために重要。
③ デューデリジェンス(買い手による調査)
- 買い手が財務・法務・事業リスクを確認する。
- 確認すべき事項:
- 財務状況(決算書、税務申告書、借入状況)
- 契約関係(取引先との契約、リース契約)
- 従業員・社会保険の状況
- 訴訟・債務などの法的リスク
④ 株式譲渡契約の締結
- 買い手・売り手が最終的な合意に達したら「株式譲渡契約書」を作成し、締結する。
- 契約書には以下を明記:
- 譲渡する株式数
- 譲渡価格と支払い方法
- 買い手・売り手の義務
- 表明保証(財務状況に虚偽がないことを保証)
- 競業避止義務(一定期間、同業種で事業をしない)
⑤ 株式譲渡の実行
- 売り手の会社で、株式譲渡承認に関する株主総会決議を行う。
- 売り手が買い手に株式を引き渡す(株主名簿の変更)。
- 売却代金を受け取る。
- 必要に応じて、銀行口座・取引先契約の名義変更を行う。
⑥ 役員変更登記の実施(必要な場合)
- 株式譲渡だけでは登記は不要ですが、新オーナーが代表取締役に就任する場合は「役員変更登記」を行います。
【必要書類】
- 株主総会議事録(新代表取締役の選任を決議)
- 取締役会議事録(取締役会設置会社の場合)
- 辞任届(旧代表取締役が辞任する場合)
- 就任承諾書(新代表取締役が就任を承諾)
- 印鑑届出書(新代表の会社実印を法務局に届け出)
【登記申請先】
- 法務局(会社の本店所在地を管轄する法務局)
【登録免許税】
- 代表取締役の変更:1万円(資本金1億円以下の会社)
2. 税務手続き
① 売り手(旧オーナー)の税務処理
譲渡所得税の支払い(個人の場合)
- 株式の売却益に対して 20.315%(所得税15.315%+住民税5%) の税金が発生。
- 計算方法:
譲渡所得 = 売却価格 -(取得費 + 売却手数料) - 取得費が不明な場合、売却価格の5%を取得費として計算できる。
確定申告
- 株式を売却した年の翌年3月15日までに確定申告が必要。
② 買い手(新オーナー)の税務処理
株式取得にかかる税務処理
- 買い手が法人の場合、株式取得費用は「投資」として計上(損金算入は不可)。
- のれん代(譲渡価格が純資産より高い場合)を会計処理する必要がある。
事業承継税制の活用(場合による)
- 一定の条件を満たせば、事業承継税制(相続税・贈与税の軽減措置)を利用できる。
その他の手続き(必要に応じて)
① 銀行口座・契約関係の変更
- 会社の銀行口座は、株主が変わってもそのまま使用可能だが、代表者が変更された場合は銀行で手続きが必要。
- 取引先との契約書に「変更不可」「事前承認が必要」などの条件がある場合は、契約更新が必要になることも。
② 社会保険・労務手続き
- 代表取締役が変更された場合は、年金事務所・労働基準監督署・ハローワークに届け出を行う。
【必要な届出】
- 健康保険・厚生年金保険の役員変更届(年金事務所へ提出)
- 労働保険の代表者変更届(労働基準監督署へ提出)
- 雇用保険の代表者変更届(ハローワークへ提出)
4. まとめ(株式譲渡のポイント)
手続き項目 | 概要 | 必要書類・手続き |
---|---|---|
株式譲渡契約 | 株式の売却・譲渡の契約を締結 | 株式譲渡契約書 |
株主名簿変更 | 株主が交代したことを記録 | 株主名簿 |
役員変更登記(必要時) | 代表取締役の交代を登記 | 株主総会議事録、就任承諾書、辞任届など |
譲渡所得税の申告 | 株式売却益に課税(20.315%) | 確定申告 |
銀行・契約の変更 | 代表者変更時に対応 | 銀行届出・取引先契約変更書類 |
社会保険・労働保険手続き | 代表者変更に伴う届出 | 健康保険・厚生年金変更届、労働保険変更届 |
- 株式譲渡だけなら登記不要、代表取締役の変更がある場合のみ登記が必要。
- 税金(譲渡所得税)に注意し、確定申告を忘れずに。
- 事前に契約・財務状況を整理し、スムーズな譲渡を目指す。
株式譲渡を検討する際は、司法書士・税理士・M&Aアドバイザーなどの専門家に相談すると安心です。